眠りなサイエンス
睡眠博士ねねNene
vol. 14睡眠不足のリスク
睡眠不足が健康を損ねてしまうことは、今や誰もがご存じだと思います。しかし具体的には、どんな問題が起こりうるのでしょうか? 今回は、健康への影響だけではない、睡眠不足のリスクについてお話してみたいと思います。
睡眠は、前半と後半で役割が変化する
最初に、睡眠中の私たちの体の中では、どんなことが起きているかをお話ししましょう。
日が暮れて暗くなってくると、脳内でメラトニンが分泌され、体に眠りの準備をさせます。そして入眠直後の3時間ほどの間に現れる深い眠り(ノンレム睡眠)の時には、成長ホルモンが分泌され、子どもであれば文字通り成長に必要な骨や筋肉、内臓機能の発達を促します。大人も、成長ホルモンによって肌の調子が整ったり、疲労を回復したりします。
睡眠の後半には、体の覚醒準備をするコルチゾールという物質が分泌されます。この物質は目覚める直前に多く分泌され、ストレスに対する準備もさせることから、十分な睡眠がとれているとストレスにも強くなると考えられます。
夜間にまとまった眠りが確保できると、眠りの前半と後半で作用の異なるホルモンが分泌され、健康を保つための多様な働きをしてくれるのです。
寝不足による注意力の低下は飲酒運転レベル!?
人には、生体リズムによる眠気のピークが1日に2回あります。深夜2時前後と午後2時前後です。
スウェーデンでガス作業従事者を対象に、作業ミスの発生数を調査したところ、眠気のピークと重なるように、この2つの時間帯にミスが増える傾向が分かったのです。また疲労が原因の交通事故も、深夜帯では午前2時頃、日中では午後2時頃に、発生件数が多くなっています。
一方、科学誌NatureにおけるDawson D, Reid K.の報告によると、15時間起き続けた状態は「酒気帯び運転」と同等の状態まで作業能率が低下することがわかりました。
生体リズムによる眠気と、睡眠不足による注意力の低下や疲労が重なってしまったら、重大事故を引き起こしかねません。日々、適切な睡眠をとるだけでなく、勤務中などに疲労や眠気を感じた時の対処法を知っておくことも大切です。このコーナーでは、前回「仮眠や昼寝を効率よく取るコツ」についてお話ししていますので、ぜひ参考にしてみてください。
睡眠時間は長すぎても短すぎてもリスクに!
睡眠不足は、生活習慣病などの危険を高めることも分かっています。まずは肥満です。32歳~59歳の約18,000人を対象にした調査では、睡眠時間が短くなればなるほど、肥満傾向が高いという結果が出ました。睡眠時間が減ると、食欲増進ホルモンのグレリンが増加する上に、食欲抑制ホルモンのレプチンは減少し、食欲が増してしまいます。睡眠不足はダイエットの大敵でもあるわけです。ほかには、睡眠不足によって免疫系の機能が低下すると、体内に侵入してきたウイルスや、がん細胞などを撃退する力が弱まり、病気になりやすくなると言われています。
実は、睡眠はとりすぎても、疾患リスクが高まるケースがあります。アメリカ国立睡眠財団は、年齢別の推奨する睡眠時間を、18歳から64歳は7~9時間、65歳以上は7~8時間としています。冠動脈性心疾患や糖尿病は、7~8時間睡眠の場合がもっとも発症危険率が低くなり、それよりも睡眠時間が長い・短い、どちらの場合も発症危険率が上がるのです。
さらに、日本、中国、シンガポール、韓国を対象に行われた調査では、男女ともに7時間睡眠の死亡リスクが最も低く、それより睡眠時間が短くなっても長くなっても死亡リスクが上昇することが報告されています。特に10時間以上の睡眠で、死亡リスクが最も高くなっていました(7時間睡眠比:男性1.34倍、女性1.48倍)*。
これらの調査・研究結果から見て取れるように、睡眠時間は短すぎても長すぎても、健康リスクが高まるのです。
*Thomas Svenssonら「Association of Sleep Duration With All- and Major-Cause Mortality Among Adults in Japan, China, Singapore, and Korea」より
睡眠不足は精神面から経済面にまで影響
忘れてはいけないのが、睡眠のメンタルへの影響です。寝不足によって、イライラしたり、活動意欲が低下したりした経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。成長期の子どもの場合、反抗的な言動や成績の低下につながることもあります。
また睡眠とうつ病は密接な関係があります。日本大学が行った、年齢別の睡眠時間とうつの傾向を調査した結果を見ると、7~8時間睡眠の場合にもっともうつ傾向が弱く、それより睡眠時間が短くなるほど、あるいは長くなるほど、うつ傾向が強くなることが分かります。
前述したように、睡眠不足は注意力の低下を招くことがあります。仕事中であれば、作業の遅れや判断ミスを起こす可能性は否定できません。
ランド・ヨーロッパの調査報告によると、日本の睡眠不足による経済損失は年間約15兆円に達していました*。これは、国民総生産(GDP)の2.92%にあたり、GDPに対する割合は調査対象5か国(アメリカ、ドイツ、イギリス、カナダ)の中で最大でした。睡眠不足がこれほどの経済損失を生むとは驚きです。
身体面、精神面、そして経済面まで。睡眠が影響を及ぼす範囲はさまざまです。睡眠不足の改善は、自覚することから始まります。まずはご自身の睡眠時間や日中の眠気をチェックして、睡眠が足りているか確認してみてください。
*RAND Europe, 「Why sleep matters — the economic costs of insufficient sleep」より
vol. 1寝つきの悪さの原因と対策
vol. 2食生活と眠りの関係
vol. 3短期的な睡眠不足を乗り切る裏ワザ
vol. 4睡眠不足が脳と体の成長に与える影響について
vol. 5睡眠で分かるカラダ不調のサイン
vol. 6欧米と日本の睡眠習慣の違い
vol. 7寝つきと寝起きのひと工夫
vol. 8いびきが起きる原因と解消法
vol. 9寝坊の原因と解消法
vol. 10赤ちゃんとお子さんのより良い睡眠のために
vol. 11目覚めに体がイタイのはこんな理由かも?
vol. 12良い目覚めと悪い目覚めの違い
vol. 13仮眠や昼寝を効率よく取るコツ
vol. 14睡眠不足のリスク
vol. 15健康習慣をおさらいしよう!
vol. 16睡眠障害とは?